ロジカルな時代にも「人情」これが無いなら人間やめろ

      2016/01/14

人情と聞くと泥臭く、昭和のヤクザ映画か?と勘違いしちゃうけど今生きているこの世界にもあるし、まだまだ捨てたもんじゃない。

人情忘れて生きるなんて出来ないな~。

こんな時代だからこそまだまだ必要なのが「人情」

人情の無い仲間を仲間と呼んでいいのかい?

たまたま若い子がやらかした問題でサクッと解決させた仕事がある。

この繁忙期にお前は何をやっとんねんと言いたくなるがこちらにも責任があるので若い子を責めるわけにはいかない。

問題が発生したらどう対応するか?それを先に考える。

問題を解決するのは意外にも簡単なことでクレームが来たらすぐに顔を出せば8割方解決する(経験上)まぁこんな話はどうでも良い、今回の解決策は一つ。

即座に朝6時頃より工事をすれば良いだけ(繁華街なので)・・・なんだけどここで問題がある。

連日連夜に夜間工事が入っていて、朝6時にクレーム処理を行う為の工具と道具を一式持って行かれてしまっているので帰ってくるまでどうにもならないわけです。

若い子達が夜間工事をやり、そのうちの一人が今回のクレームを担当しているので寝ないでそのままクレームを処理しに行くのだけどさすがに周りの若い子にお前達も行けとは言わず、社長と俺と担当している子で行くことになった。

もし朝5時前ぐらいに会社に帰ってこれない時はしょうがないので皆で現場へ直行してくれと言う話。

朝会社に行き車を見ると担当している子が一人で寝ているのを見て「あぁやっぱりな・・・」と感じるわけ。

車を運転しながら真ん中に座る若い子に「誰もついて来てくれなかったんだ」と聞くと「夜間明けで皆疲れてるから帰らせました」と言う。

人情と言う感覚がわからないらしい

俺「もし俺が夜間工事に参加していればこのまま行っちゃおうって言うけどな~」

若い「え~本当ですか?それは無いでしょw」

社長「いやいやマジで言うよ」

若い「うそ~w」

俺「お前らはそういう人情みたいな気持ちってわからないのかもね」

若い「だって夜間で眠いじゃないですか」

社長「お前も同じように眠いじゃん」

若い「確かに」

俺「お前は仲間が大変な時に手を貸したりしないの?」

若い「しますよ」

俺「その時に金貰わないだろ?」

若い「貰わないっすよ金の問題じゃないし」

俺「その感覚だよw」

若い「はぁ・・・」

とまぁこんな会話をしている時に気がついたんですわ。

面倒な仕事や、どうしても明け方にしか行けない繁華街なんかの仕事の場合に、一人で2時間あれば終わる仕事ってのも存在するわけです。

で、この直前に一緒にいれば社長や俺なら「家に戻る前に二人でやっつけちゃおう」って言うのを昔フリー時代にお互いにやってた事を思い出したわけです。

この時にお金が発生するかと言えばしない(作業費)、今一緒にいて現場が近いなら帰るのが3時間や4時間遅れたところで変わらないわけですよ。

この感覚って恐らく「どうせ帰っても寝るだけだし」みたいな感じもあるし「サクッと二人でやれば終わるのも早いし」もあるし、いずれにせよ損得勘定とかそういう事じゃなくほんの少しの手助けで丸く収まるならやっちゃおうぜって感覚なんだよね。

でね、この感覚で手を貸す人ってのは誰かに教わって貸すんじゃなくて持って生まれた物だと思うわけ。

だからこの感覚がわからない人は「手伝ってもらってありがとう」だけなんですよ。

そういう事を「人情」みたいな言葉にして話すんだけど若い子には理解出来ないみたい。

それでも自分の親友が困っていれば手を貸すわけで、それをそのまま会社の同僚にも何故出来ないのかがわからない。

同じように夜間現場へ出て一緒に仕事をしている仲間が現場が終わった後にそのままクレーム処理で寝ないで次に行くことを知っていて、今一緒にいるのにどうして「一緒に行ってやっつけようぜ」って言えないのか??不思議でなりませんわ。

どんなに良い言葉を並べても行動でひっくり返る

小さな会社の強みはチームワークだろ

上の記事でもその様子は判る、最初に手を上げたのは俺で次が問題を起こした若い子、あとは数時間後に手を上げてるわけです。

それでも最後に社長が損得勘定無しで出てくれると皆が言うので「皆でやっつけちゃいましょう」となるんです。

仲間意識とか、手助けとかキレイで良い言葉を使う人がいる。

でも結局のところこういう問題が起こった時に行動で示せないと残念ながら上辺だけの薄っぺらな言葉だと言うことがわかっちゃうわけですよ。

そこが残念でならないし、そういう所で人が見えちゃうわけです。

おっチャン的マトメ

今の時代には似合わないと思う、「人情」?はぁ?美味しいのそれ?なんて言う人もいるとは思う。

だけどね、震災とか災害が起こった時に助けてくれるのは「人情」と言うものを持った人だろうし、自分の子供が小学校へ行き始めて交差点で安全を守ってくれるのも「人情」と言うものを持った人だろう。

自分の家やお隣さんが火事になった時にも地元の「人情」を持った消防団が助けてくれるし、ご近所での助け合いなんかも同じだろうと思う。

だから人が生きていく以上誰かの人情に助けられていることを忘れちゃいけないと思うんだよね。

そんなわけで人情、これからも大切にしながら生きて行きたいね~と思ったよ。

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